大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(ワ)17633号 判決

原告 株式会社伸富開発

右代表者代表取締役 田村秀成

右訴訟代理人弁護士 小見山繁

被告 国

右代表者法務大臣 保岡興治

右指定代理人 熊谷明彦

同 曳地文夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四六一万六二八九円及びこれに対する平成一一年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、競売手続により土地を買い受けた原告が、右土地上に存する借地人が所有する建物につき登記がされていたにもかかわらず、現況調査を行った執行官及び物件明細書を作成した裁判官の過失により、現況調査報告書及び物件明細書に右建物についての登記はないと記載されていたため、これを信頼して右土地を買い受けた結果、借地人から賃借権を対抗され、損害を被ったと主張し、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右損害の賠償を求めた事件である。

一  争いのない事実等(認定事実については、証拠を掲記する。)

1  原告は、不動産の売買等を営む会社であり、田村秀成(以下「田村」という。)は、その代表取締役である。

2  安田千代子(以下「安田」という。)は、別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)をもと所有していた。

3  黒田美智子(以下「黒田」という。)は、昭和四八年九月一日、本件土地上に存する別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)の所有権を相続により取得し、昭和四九年六月二八日、本件建物につき所有権移転登記手続を行った。

平成一〇年二月四日、錯誤による更正登記がされる以前は、本件建物の表示登記上の所在地番は「葛飾区本田立石町四六九番地」であった(甲七の1及び2)。

4  黒田は、昭和五〇年四月一日、安田たつとの間で、賃貸借期間を同日から昭和七五年(平成一二年)三月三一日までと定め賃貸借契約を締結し、その後、安田は、本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した(以下「本件賃貸借契約」といい、これに基づく黒田の賃借権を「本件賃借権」という。)(甲一八)。

5  東京地方裁判所(以下「執行裁判所」という。)は、本件土地を含む安田外所有不動産につき、平成六年七月一日、三井信託銀行株式会社の申立てにより、競売開始決定を行い(平成六年(ケ)第二五四三号競売申立事件)、執行官古島正彦(以下「古島執行官」という。)が同事件の現況調査を行った。さらに、同裁判所は、右各不動産につき、平成九年四月二二日、株式会社第一コーポレーションの申立てにより、競売開始決定を行い(平成九年(ケ)第一三三二号競売申立事件。甲四)、執行官松岡昭(以下「松岡執行官」という。)が、同事件の現況調査を行った。

6  古島執行官は、本件土地上に黒田名義の建物登記はない旨を記載した現況調査報告書(甲一)を作成した。

松岡執行官は、黒田から本件建物には登記がある旨を記載した土地貸借契約等に関する回答書(甲一二。以下「本件回答書」という。)を受領したが、本件土地上に黒田名義の建物登記はない旨を記載した現況調査報告書(甲二)を作成した(以下、甲一及び甲二を併せて「本件現況調査報告書」という。)。

7  執行裁判所の担当裁判官は、本件建物は未登記であって本件賃借権は買受人に対抗できない旨を記載した物件明細書(甲三。以下「本件物件明細書」という。)を作成し、本件物件明細書及び本件現況調査報告書の各写しを一般の閲覧に供するために執行裁判所に備え置いた。

8  本件建物の登記について、平成一〇年二月四日、黒田の申請により、錯誤を原因とし、本件建物の所在地番の表示を「葛飾区立石七丁目四七〇番地四」とする更正登記手続が行われた(甲七の1及び2)。

9  執行裁判所は、平成一〇年二月一六日、原告に対し、売却代金を一五二〇万円とする本件土地の売却許可決定を行った。

10  原告は、平成一〇年四月一三日、右売却代金から払込済みの保証金二〇六万二〇〇〇円を控除した残金一三一三万八〇〇〇円、登録免許税三一万二二〇〇円及び郵送料二一二〇円を納付して本件土地の所有権を取得し、同月一五日、本件土地につき所有権移転登記手続を行い、さらに、本件土地の取得後、不動産取得税二四万六八五八円、固定資産税三万三八七一円を支払った(甲一五及び一六の各1及び2)(以下、右各金員のうち右売却代金以外のものを併せて「登録免許税等」という。)。

11  原告は、平成一〇年五月一日、黒田に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求める訴訟(東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第九四〇三号事件。以下「前訴」という。)を提起したが、第一審裁判所は、本件賃借権を原告に対抗することができる旨の黒田の抗弁を認めて右請求を棄却した。原告は、右判決に対し、控訴したが、控訴審において、平成一一年六月一六日、黒田との間で、同日、本件土地を黒田に代金一二〇〇万円で売却する旨の和解をした。

二  争点に関する当事者の主張

1  執行官の過失

(一) 原告の主張

現況調査を担当する執行官は、競売対象物件である土地上に建物がある場合、地上建物の登記の所在地番の表示等が実際と多少相違していても、土地賃借権の対抗要件として認められることがあり得るのであるから、当該建物の所在地を管轄する登記所から当該土地を所在地番とする建物の登記がない旨の回答を受けたときでも、少なくとも対抗要件となり得る範囲の地番の土地上の建物登記の有無につき、自ら登記簿を閲覧するなどして調査すべき義務があるのに、古島執行官及び松岡執行官は右調査を怠った。

また、松岡執行官は、黒田から本件建物には登記がある旨が記載された本件回答書を受領した後、黒田から電話で事情を聴取したのであるから、その際に、本件建物の登記済証等の提示を求めるなど、本件建物に登記がある旨の回答の根拠を確認すべき義務があったにもかかわらず、右調査を怠った。

その結果、古島執行官及び松岡執行官は、本件建物には黒田名義の登記があったにもかかわらず、本件土地上に黒田名義の建物登記はない旨を記載した本件現況調査報告書を作成した。

(二) 被告の主張

競売対象物件である土地上に第三者所有の件外建物が存在する場合において、右第三者の占有権原が賃貸借等の契約に基づくものであるときに、執行官が右占有権原について通常行うべき調査は、当該建物の所有者及び土地所有者からの事情聴取であり、賃借権の対抗力の有無について通常行うべき調査は、管轄登記所で当該土地を所在地番とする建物登記の有無を確認し、その登記を発見したときは、当該登記がされた日を登記簿で確認することである。古島執行官又は松岡執行官は、本件土地の所有者である安田及び本件建物の所有者である黒田の双方から黒田の占有権原が賃借権であることを確認した上で、本件建物の登記の有無について調査し、黒田は本件建物の登記はあると供述するものの、本件建物の所在地を管轄する登記所における調査の結果、該当する登記はないとの回答を得たため、本件土地を所在地番とする黒田名義の建物登記がない旨を記載した本件現況調査報告書を作成したのであるから、通常行うべき調査を尽くし、その調査結果に基づく合理的判断を本件現況調査報告書に記載したものということができ、両執行官には、注意義務違反はない。

2  裁判官の過失

(一) 原告の主張

執行裁判所の担当裁判官は、松岡執行官から提出された現況調査報告書とこれに添付された本件回答書とを比較対照すれば、本件建物の登記の有無について正反対の記載がされていることが明白であったのであるから、松岡執行官に対し、本件建物の登記の有無について、黒田に対して本件建物の登記済証等の提示を求めるなどの再調査を行うことを命じ、右再調査の結果に基づいて物件明細書を作成すべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、その結果、本件建物には黒田名義の登記があったにもかかわらず、本件回答書を無視又は看過し、本件調査報告書のみを根拠として、本件建物は未登記であって本件賃借権は買受人に対抗できない旨を記載した本件物件明細書を作成した。

(二) 被告の主張

そもそも、国が、裁判官の職務執行につき国家賠償法上の損害賠償責任を負うのは、当該裁判官が違法又は不当な目的を持って裁判したなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合に限られる(最高裁昭和五七年三月一二日第二小法廷判決民集三六巻三号三二九頁)。原告は、右特別の事情を主張しておらず、証拠上も何ら右特別の事情が存することをうかがわせるものはない。

3  損害の発生

(一) 原告の主張

原告は、本件現況調査報告書及び本件物件明細書の記載を信頼し、本件賃借権には対抗力がなく、本件土地の買受人は、黒田に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求めることができると誤信して本件土地を競落した結果、競落代金一五二〇万円と前訴の和解における売買代金一二〇〇万円との差額三二〇万円、登録免許税等五九万五〇四九円の内金五七万七七八九円及び本件訴訟を提起するための弁護士費用として八三万八五〇〇円の合計四六一万六二八九円の損害を被った。

(二) 被告の主張

前訴の請求は、安田から本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した有限会社丸善(以下「丸善」という。)と原告双方の代表者である田村が、原告と丸善の法人格が別であることを利用し、丸善の立場で黒田から本件土地の賃料を受領し続けながら、原告の立場で黒田に本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求めたものであり、禁反言の原則に抵触し、権利濫用に当たり、認容されるべきものではなかったのであるから、原告が黒田から本件土地の明渡しを受けることができなかったことで何らかの損害を被ったとしても、原告の権利が侵害されたと評価する余地はない。

また、原告による本件土地の買受価格は、本件賃借権に対抗力がないことを前提とした本件土地の客観的価格ではなく、前訴の和解において定められた本件土地の売買代金額も本件賃借権に対抗力があることを前提とした客観的価格とはいえず、登録免許税等は、原告が本件土地の所有権を取得したことによって、当然に負担すべきものであるから、原告の主張する損害額の算定方法は失当である。

4  因果関係の不存在

(一) 被告の主張

原告と代表者を同じくする丸善は、かつて、安田との間で本件土地を含む一団の土地の売買契約を締結し、その際、本件土地の賃貸人の地位を承継することを特約するなどしていた経緯がある。その後、右売買契約は合意解約されたとはいえ、右経緯にかんがみると、原告は、本件土地の現況を知悉し、本件賃借権が対抗力を有するものであり、本件現況調査報告書及び本件物件明細書の記載内容と現況との間に食違いがあることについても認識していたものと推認されるから、原告には、本件土地及び本件建物の権利関係についての誤認がない。仮に、原告が、黒田から本件賃借権を対抗されたことにより損害を被ったとしても、右損害は、本件現況調査報告書及び本件物件明細書の記載と現況との間の食違いによるものとはいえない。

(二) 原告の主張

原告は、本件建物について登記がされていることも、本件賃借権が対抗力を有することも知らなかった。

5  民事執行法上の救済手続

(一) 被告の主張

不動産の強制競売事件における執行裁判所の処分が関係人間の実体的権利関係に適合しない場合において、右処分により自己の権利を害される者が、民事執行法上の手続による救済を求めることを怠り、このために損害を被ったときは、執行裁判所自らその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合でない限り、その賠償を国に対して請求することはできないと解すべきである(最高裁昭和五七年二月二三日第三小法廷判決民集三六巻二号一五四頁)。本件建物についての前記更正登記手続は、本件土地の売却許可決定がされた平成一〇年二月一六日より前の同月四日付けで行われているから、原告は、遅くとも代金納付前に本件建物の登記の有無を確認することにより、本件現況調査報告書及び本件物件明細書の記載と現況との食違いを容易に認識することができ、売却不許可の申出又は売却許可決定取消しの申立てなどの民事執行法上の救済手続を執り得たにもかかわらず、これを怠ったために損害が生じたにすぎず、執行裁判所自らその処分を是正すべき特別の事情がない本件においては、原告の請求は失当というべきである。

(二) 原告の主張

民事執行法上の執行抗告手続は、本件のように執行裁判所の作成した物件明細書の記載事項を信頼して買受申出をした者が、物件明細書の記載に過誤があったために不測の損害を被ったような場合の救済制度として設けられたものではない。

また、本件のように、当初は本件土地とは異なる地番の土地に所在するものとして登記されていた建物について、買受申出人が、売却許可決定時までに所在地番の更正登記がされることまで予見することは不可能である。現に、原告が、本件建物について前記更正登記がされていた事実を認識したのは、前訴の提起後であるから、民事執行法上の救済手続を執り得る余地はなかった。

6  担保責任追及の懈怠

(一) 被告の主張

民事執行手続において、買受人の損失によって利益を受ける者は、債務者や配当金を受領した債権者であり、民法は、この両者の利害調整を担保責任によって図っているのであるから、権利侵害を受けた者と国民全体との間での利害の均衡を回復するという国家賠償制度本来の趣旨や前記最高裁昭和五七年二月二三日第三小法廷判決の趣旨に照らせば、国は、買受人が第一次的救済手段である担保責任の追及によって損害の回復を図ることができない場合にしか国家賠償責任を負わないと解すべきである。

仮に、原告が過失なく本件賃借権に対抗力がないと信じて本件土地を取得したのであれば、原告は、民法五六八条により、安田に対して本件土地についての売買契約を解除し、安田又は配当金を受領した債権者に対して金銭請求をすることにより、損害の回復を図ることが可能だったにもかかわらず、原告は、右担保責任を追及しておらず、また、担保責任を追及したとしてもなお回復できない損害の存在について何ら主張立証していない以上、原告の請求は失当である。

(二) 原告の主張

被告の主張は争う。

7  過失相殺

(一) 被告の主張

仮に、原告が本件賃借権に対抗力があることを知らなかったとしても、物件明細書に記載された執行裁判所の判断には実体法上の権利関係を確定し、又は形成する効力はなく、右記載には公信力もないのであるから、買受人が負うべき目的不動産の調査確認義務は、通常の不動産取引における場合よりも軽減されるものではない。

原告は、過去に一〇〇件も競売物件を取り扱った経験を有しており、田村は、丸善の代表者として、かつて、安田との間で本件土地を買い受けるための交渉を行ったこともあったのであるから、原告は、丸善又は田村を通じ、本件賃借権が対抗力を有することを執行官よりも容易に調査し、確認することができたはずであった。また、原告は、本件現況調査報告書を閲覧した際に、本件土地の賃貸人の地位を安田から丸善が譲り受けているにもかかわらず、本件現況調査報告書に賃貸人として安田たつの名前が記載されており、本件現況調査報告書の記載と実体的権利関係との間に食違いが存在することを認識できたはずであるし、さらに、本件土地の売却許可決定を受けた直後に、黒田に対して本件土地の明渡しを要求したところ、黒田から本件賃借権は原告に対抗できるものであると言われたのであるから、遅くとも右時点で本件建物に登記はないとの本件現況調査報告書の記載について重大な疑義を抱き、黒田に本件建物の登記の有無を問い合わせ、管轄登記所において本件建物の登記の有無を調査するなどすべき義務があった。原告は、右のような調査確認義務があったにもかかわらず、これを怠ったのであるから、原告には買受人としての調査確認義務に違反した重大な過失がある。

(二) 原告の主張

物件明細書を閲覧し、その記載を信頼して土地の競売申出をしようとする者が、競落許可決定時に改めて登記簿を閲覧して地上建物の登記の有無を調査することは取引通念上あり得ないことであり、買受申出人にそのような調査義務はない。本件土地については、調査権限を有する執行官が二度にわたって調査したにもかかわらず、本件賃借権の対抗要件の存在を看過しているのであるから、そもそも本件回答書の内容を知る機会を与えられておらず、調査権限も有しない原告が、本件賃借権の対抗力の有無について調査をすることは不可能であった。

第三争点に対する判断

一  認定事実

前記争いのない事実等に加え、証拠(後記のもののほか、甲一九、乙四)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  東京地方裁判所平成六年(ケ)第二五四三号事件の現況調査を担当した古島執行官は、平成六年八月三日、競売対象物件である本件土地等に赴いて現況調査を実施したが、本件土地上には件外建物(本件建物)が存在していた。古島執行官が、本件土地の所有者である安田と面接したところ、安田は、本件土地を黒田に賃貸している旨の陳述したが、黒田が不在だったため、古島執行官は黒田とは面接しなかった。その後、古島執行官は、本件建物の登記の有無を調査するため、東京法務局城北出張所に赴き、本件土地を所在地番とし、黒田を所有者とする建物の登記簿謄本の交付申請書を提出したところ、同法務局同出張所から該当する地番に黒田名義の建物登記はない旨の回答があった。そのため、古島執行官は、右調査の結果に基づき、「法務局にて調査の結果、該当地番に黒田名義の建物登記なし。」と記載した現況調査報告書を作成し、同年一〇月一日、これを執行裁判所に提出した(甲一)。

2  執行裁判所の担当裁判官は、平成九年九月一〇日、右現況調査報告書等に基づき、本件建物及び本件賃借権に関し、「黒田美智子が所有する未登記件外建物が存在する。同人の主張する賃借権は買受人に対抗できない。」と記載した本件物件明細書を作成した(甲三)。

3  東京地方裁判所平成九年(ケ)第一三三二号事件の現況調査を担当した松岡執行官は、平成九年六月五日、競売対象物件である本件土地等に赴いて安田と面接したところ、古島執行官が現況調査を行った時と同様に、安田は黒田に本件土地を賃貸している旨の陳述した。松岡執行官は、同年一〇月三日、黒田に対し、本件土地の賃貸借契約に関する照会書を郵送し、同月一三日ころ、黒田から、賃借土地として本件土地を記載し、建物の登記の有無について「有」と記載した本件回答書及び本件土地の土地賃貸借契約書二通を受領した(甲一二)。右契約書の物件所在地欄にはいずれも「葛飾区本田立石町四六九番地」と記載されている。松岡執行官は、黒田に電話で事情を聴取した後、東京法務局城北出張所に赴き、本件土地を所在地番とし、黒田を所有者とする建物の登記簿謄本の交付申請書を提出したところ、同法務局同出張所から該当する地番に黒田名義の建物登記はない旨の回答があったため、右現況調査の結果に基づき、本件建物について「上記所有者(黒田)の回答後も法務局にて調査の結果、該当地番に黒田名義の建物登記はない。」と記載した現況調査報告書を作成し、同年一二月二六日、これを執行裁判所に提出した(甲二)。

二  争点1(執行官の過失)について

1  民事執行手続における現況調査の目的は、執行官が執行裁判所の命令に基づいて不動産執行又は不動産競売の目的不動産の形状、占有関係その他の現況を調査し、その結果を記載した現況調査報告書を執行裁判所に提出することにより、執行裁判所に売却条件の確定や物件明細書の作成等のための判断資料を提供するとともに、現況調査報告書の写しを執行裁判所に備え置いて一般の閲覧に供することにより、買受希望者に対しその判断資料を提供することにある。このような現況調査制度の目的に照らすと、執行官は、不動産の買受希望者に対する関係においても、目的不動産の現況をできる限り正確に調査すべき注意義務を負うものと解されるが、現況調査は、民事執行手続の一環として迅速に行う必要があることなどを考慮すると、現況調査報告書の記載内容が目的不動産の実際の状況と異なっても、そのことから直ちに執行官が前記注意義務に違反したと評価するのは相当ではなく、執行官が現況調査を行うに当たり、通常行うべき調査方法を採らず、あるいは、調査結果の十分な評価、検討を怠るなど、その調査及び判断の過程が合理性を欠き、その結果、現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況との間に看過し難い相違が生じた場合でなければ、執行官が前記注意義務に違反したものとは認められないと解するのが相当である(最高裁平成九年七月一五日第三小法廷判決民集五一巻六号二六四五頁)。

以上の観点から競売対象物件である土地上に第三者が所有する建物が存在する場合についてみるに、右に説示したところに加え、現況調査報告書及び物件明細書の記載には、実体法上の権利関係を確定し、又は形成する効力はなく、また公信力もないこと、仮に、強制競売において競売物件に権利の瑕疵等があった場合、買受人は、民法五六八条により、債務者又は配当金を受領した債権者に対し、担保責任を追及することができることなどを考慮すれば、執行官は、現況調査を行うに当たり、右第三者が当該土地につき使用権原を有しているか否か、その使用権原が買受人に対する対抗要件を具備しているか否かなどについて、通常想定される事実関係の存否を調査すれば足り、通常想定し難い例外的な事態の有無についてまで調査義務を負うものではないと解するのが相当である。そして、右の場合において、競売対象物件である土地につき賃貸借契約が締結されているときは、賃借権の登記がないならば、右第三者が当該土地を所在地番とする登記がされている建物を所有していない限り、右第三者は、原則として当該土地の賃借権を買受人に対抗することができないのであって(借地借家法一〇条一項)、建物の登記の所在地番の表示が、錯誤又は遺漏により実際と相違しているにもかかわらず、当該建物の表示登記の種類、構造、床面積等の記載とあいまち、その登記の表示全体において、当該建物の同一性を認識できる程度の軽微な相違であるために対抗力を有すると解されるのは、極めて例外的な事態にすぎない。したがって、執行官は、通常、競売対象物件である土地を所在地番とする建物の登記の有無を調査すれば足りると解するのが相当であって、当該土地上に存する建物について、当該土地以外の土地を所在地番とする建物登記があり、かつ、右のような事情により当該建物の表示登記の所在地番を当該土地の所在地番に更正することができ、当該土地の賃借権が買受人に対する対抗力を有するものと認められる可能性があることを具体的にうかがわせるような特段の事情がない限り、右のような例外的な事態があることまでをも想定して当該土地以外の地番の土地についても当該建物の登記の有無を調査すべき義務があるとまではいえず、右調査を行わなくとも前記注意義務に違反したことにはならないと解すべきである。そして、その調査に当たり、当該土地及び当該建物の所有者双方から土地賃借権の対抗力の有無にかかわる事情を聴取することができる場合はこれを行うことが望ましいことはいうまでもないが、仮に、右聴取をしなかったとしても、執行官が現に行った調査方法に合理性があり、その調査結果から当該土地を所在地番とする建物の登記の有無を判断することができるのであれば、執行官に注意義務違反があるとはいえないと解すべきである。

2  これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、古島執行官及び松岡執行官は、いずれも本件建物の所在地を管轄する東京法務局城北出張所に対し、本件土地を所在地番とする黒田名義の建物の登記簿謄本の交付申請書を提出し、本件建物の登記の有無についての調査を依頼しているところ、右調査方法は、本件建物の登記の有無を調査する方法として、通常行われる確実かつ合理的な方法であって、右交付申請に対して同法務局同出張所から該当する地番に建物登記がない旨の回答があった以上、両執行官が、該当する地番に本件建物の登記はない旨を記載した現況調査報告書を作成したとしても、その判断の内容や過程が合理性を欠くものであったとはいえない。

もっとも、前記認定事実によれば、松岡執行官は、黒田に対し、本件土地の賃貸借契約の内容についての回答書を郵送したところ、黒田から本件建物について登記がある旨が記載された本件回答書を受領したこと、本件回答書に添付された二通の土地賃貸借契約書にはいずれも物件所在地として、本件土地の地番とは異なり、本件建物の更正登記以前の表示登記上の所在地番と同一の地番(葛飾区本田立石町四六九番地)が記載されていたこと、その後、松岡執行官は、黒田から電話で事情を聴取する機会があったことからすると、本件については、前記特段の事情があり、東京法務局城北出張所から本件土地を所在地番とする黒田名義の建物登記はない旨の回答があったとしても、更に黒田に対して本件建物の登記済証等の提示などを要請し、念のため右土地賃貸借契約書に記載された地番についても黒田名義の建物登記の有無を調査するなどの方法により調査を行う余地があり、そのような方法を採ることが相当であったとも考えられる。しかし、本件回答書には、賃借土地として本件土地が記載されており、右記載と本件回答書に添付されていた土地賃貸借契約書上の物件所在地の記載との間の食違いについては特に説明はなく、建物の登記についてもその具体的内容については何ら記載がなかったことに加え、本件記録を精査しても、本件建物の所在地番に過誤を生ぜしめるような分筆の経緯があったことは全くうかがわれないことも考慮すると、本件回答書及びこれに添付されていた土地賃貸借契約書に右記載があることをもって、本件建物については、本件土地以外の土地、なかんずく葛飾区本田立石町四六九番地を所在地番とする登記が存在し、かつ、これが買受人に対する対抗要件となる可能性があることを具体的にうかがわせるような特段の事情があるとまではいえない。

以上によれば、本件現況調査報告書の記載内容とは異なり、所在地番に誤りがあったとはいえ、本件建物が登記を具備していたからといって、右現況調査の過程及び本件現況調査報告書の作成過程に注意義務違反があったとまで評価するには至らないものというべきである。

三  争点2(裁判官の過失)について

二に認定説示したとおり、古島執行官による現況調査の過程及び現況調査報告書の作成過程には、執行官としての注意義務違反があったとは評価できないのであるから、他に、右現況調査報告書の記載内容に疑義を抱かせるような特段の事情のない限り、執行裁判所の担当裁判官が、右調査結果を前提として本件賃借権は買受人に対抗できないものであると判断したことには合理性があり、本件物件明細書にその旨記載したことに注意義務違反は認められないというべきである。

なお、後行事件である東京地方裁判所平成九年(ケ)第一三三二号事件の現況調査を担当した松岡執行官から提出された現況調査報告書には、本件建物には登記がある旨を記載した本件回答書が添付されていたことは原告主張のとおりであるが、松岡執行官は、黒田の右回答結果を踏まえ、更にその後東京法務局城北出張所に対し本件土地を所在地番とする黒田名義の建物の登記の有無の調査を依頼したところ、該当する地番には建物登記がないとの回答を得、その旨を右現況調査報告書に記載したことは前記認定のとおりであるから、右現況調査報告書の記載内容とこれに添付された本件回答書の記載内容とを対比して、担当裁判官が右報告書の記載内容に疑義を抱くべきであったとはいえず、また、担当裁判官に、松岡執行官に対し、黒田と面接し、登記済証等の提示を受けるなどの調査を行うように指示、命令すべき注意義務が生じたということもできない。

四  結論

以上によれば、本件において、執行官や裁判官に注意義務違反があったとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引万里子 裁判官 生野考司 裁判官 金築亜紀)

物件目録

一 所在 葛飾区立石七丁目

地番 四七〇番四

地目 宅地

地積 六五・八七平方メートル

二 所在 葛飾区立石七丁目四七〇番地四

家屋番号 四七〇番四

種類 居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階 四七・三五平方メートル

二階 二六・九〇平方メートル

(右建物についての更正登記以前の表示登記)

所在 葛飾区本田立石町四六九番地

家屋番号 八四八番四

種類 居宅

構造 木造瓦葺平家建

床面積 三一・四〇平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!